
| 有川港 (五島有川町) |

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二十一世紀へ町づくり進む 「海の有川、鯨の群がサッと潮吹きゃ虹がたつ」と歌われた五島有川町の有川湾。同湾には昔から鯨が多く回遊していた。 有川捕鯨は慶長3年(1598)銛(もり)突きで始まった。元禄4年(1692)江口甚右エ門が有川鯨組を組織、掛け網や敷き網、銛突き併用で大漁するようになった。鯨一頭で七カ村潤うといわれた時代に、多い年で83頭、少ない年でも36頭捕獲していたという。明治に入り砲殺捕鯨に近代化。わが国有数の捕鯨場だった同湾に鯨の回遊が激減、明治44年、有川捕鯨は幕を閉じた。 同町の漁業は回遊魚を待って捕る定置網が主。平成4年の漁獲量はイワシ、トビウオ、イカなどを中心に約4900トン。50年近く海に携わってきた川崎太郎さんは「昔の有川湾は透明度が高く、シイラやカジキ、イカ類が捕れていた。近年、生活廃水や宅地造成、埋め立てなどで海の汚染が進み、漁獲に深刻な影響を与えている」と話す。 同町は昭和60年、栽培漁業センターを設立。アワビの稚貝を中間育成、3センチまで飼育して放流、資源の増大を図っている。 平成2年「有川港マリンタウンプロジェクト」がまとまり、町づくりや港湾埋め立てなどのウオーターフロント整備を進めている。同計画は物流や水産施設、海洋スポーツ施設、旅客船ターミナル、郷土資料館などを整備する。総事業費180億円。町は21世紀に向かって新しく発展しようとしている。 |
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