
| 富江港 (五島富江町) |

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かつてサンゴで繁栄 町の中心部から西へ向けて数分も歩くと潮の香りが漂い、港が見えてくる。狭い港内に一本釣りの漁船が停泊し、上空をトビが舞う様子は、よくある港の風景だ。 港を出て南西に約80キロ下ると、絶好の漁場として知られる男女群島がある。昔、男女群島はサンゴの宝庫だった。明治19年、この海で採れたサンゴが高値で取り引きされたのがきっかけで、県内はもとより、鹿児島、宮崎、高知県などから海底に眠る宝と夢を求めて男たちが続々と集まった。明治後期から大正にかけての最盛期には、約400隻ものサンゴ船が港にひしめきあっていたという。 町には多くのサンゴ加工職人が集まった。海から揚がる赤や桃色の上質のサンゴには、職人たちの手にかかり繊細で華麗な彫刻が施された。さらにこの芸術品を求め全国各地や海外からも仲買人が訪れ、富江はサンゴの国際市場として栄えた。 しかし、繁栄はそう長くは続かなかった。乱獲で資源が枯渇したのと併せ、沖縄、台湾沖でもサンゴが見つかり価格が暴落、昭和9年、富江からサンゴ漁は消えた。昭和27年に新たなサンゴが見つかり一時、復活したが約10年前に再び途絶えた。 一昨年、サンゴ船では採取できない海底のサンゴを採るため無人潜水艇を使ったサンゴ漁が始まり、注目を集めた。しかし、昔のような活気はない。五島さんご工芸協同組合の田口義昭会長は「昔は加工職人は30人も40人もいたが、今は10人もいない」と話す。町で見られる五島サンゴの看板と数少ない職人たちが、富江サンゴの伝統を静かに守り続けている。 |
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