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   奈良尾港   (五島奈良尾町)    


大型まき網船並ぶ月夜間
 「月夜間とロマンの里」を掲げる五島奈良尾町。月夜間とは月の光が冴(さ)える旧暦13日から19日までをいい、月光で集魚効果が薄れるため東シナ海に出ていた船団が港に帰ってくる。大型のまき網漁船が並ぶ港は壮観で、つかの間の休漁期間に町は活気づく。
 西日本屈指の遠洋まき網漁業の基地、奈良尾町。現在、奈良尾港を中心に十五船団が操業している。資源の減少、魚価の低迷、後継者不足などで減船、撤退が続く全国のまき網漁業基地の例に漏れず、昭和50年代の二十五船団から急減、昨年には三船団が相次いで撤退するなど厳しい状況にある。
 それでも昨年の水揚げ高は11万2000トン、175億円と徹底した合理化、省力化でここ数年横ばいを維持。町の基幹産業であることに変わりはない。奈良尾港は漁船の大型化で手狭となった本港に隣接して昭和47年に新港が建設され、まき網船団も移転。新港には長崎航路のフェリーのほか、平成2年からジェットフォイルが就航。合わせて年間23万人余りの乗降客があり、長崎〜上五島間の海の玄関口でもある。
 とりわけ港がにぎわうのは、まき網船団の出入港時。最盛期の活気を知る人は「寂しくなった」と嘆くが、それでも物資の積み込みや網揚げ、見送り、出迎えの家族の声と港は息を吹き返す。
 船団が出港し、がらんと静まり返った港は、月夜間のけん騒と裏腹に、厳しいまき網漁業の将来への不安をかきたてるものの、改めて存続と再興への願いを町民に抱かせる。

  メ   モ  
 長崎港からジェットフォイルで75分。中通島の最南端。古くから漁業基地として栄え、一説には約400年前に紀州広浦(現・和歌山県広川町)の漁師が通い、マガツオ釣りを始めたとされる。大正、昭和初期はイワシ漁でにぎわい、戦後は五島灘から新漁場を求めて遠洋へ。最盛期、まき網船団の年間水揚げ高は300億円を超えていた。

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