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   めーざい天祭り   (有川町)    


太鼓をたたき鯨唄奉納
 「めーざいでん」。有川町では「弁財天」をこのように発音し、古くから慣れ親しんできた。毎年正月十四日になると、いつのころからか有川郷六か地区(今は七地区)の若者たちが、それぞれそろいの姿で、まだ明けやらぬ浜地区の弁天で三〜四個連ねた太鼓をたたき、鯨唄を歌って奉納する。その後、各自の地区内の家々を回り、幸運を祈る。
 この祭りのルーツは約三百年前。江戸時代の初期、五島藩有川と富江藩魚目が、有川湾の海境争いに際し、有川の庄屋江口甚右衛門が鎌倉の弁財天に勝訴を祈願したところ、元禄二年(1689)有川側の勝訴で決着。そこで弁財天の分霊を有川浦の鬼門、浜の小島に有川浦の守り神として祭り、年の始めに鯨漁や安全を祈ったのが始まりだという。
 鯨組では、正月の始出(しで)式に早朝から太鼓の音も勇ましく「祝いめでた」などの「鯨唄」を歌い、鉢巻きにもろ肌脱いだ羽差したちが「生唄(きうた)踊り」をして、初漁に出る行事があった。大潮の十四日は漁を休み、朝薄暗いうちから一日中祭りは続いた。この祭りは伝統行事になり、「めーざい天祭り」として有川の捕鯨文化の一つを構成している。鯨唄・踊りは町指定文化財になっている。
 弁財天宮は、元禄二年二月十二日の評定所裁許日をもって例祭日と定め、「八臂弁財天」(台座ともで二十センチ大、町指定文化財)を祭神にしている。
(中山 友則)

  メ   モ  
 佐世保〜有川間はフェリー(直行便)で約2時間半。奈良尾港から有川町は車で約50分。空の便は長崎〜上五島間を30分で結ぶ。

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