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2009年4月5日撮影
 大小さまざまなハタが春の空に舞い上がる長崎の伝統行事「長崎ハタ揚げ大会」(長崎新聞社、長崎ハタ揚げ振興会主催)が5日、長崎市の唐八景公園であり、約1万7000人の来場者がハタ揚げや多様なイベントを楽しんだ。

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 【メ モ】
ハタ揚げはいつ始まった?

 長崎くんちや精霊流しなどと並ぶ長崎の一大イベントとして定着し、多くの市民や観光客を魅了するハタ揚げ。長崎に伝わったのは、鎖国時代だった江戸中期ごろ(一六〇〇年代)といわれている。

 長崎人は、凧(たこ)を「ハタ」と呼ぶ。日本に伝わったハタは、中国系と南方系の二種類。長崎独特の「あごばた」と呼ばれる長崎ハタは、出島のオランダ人の従者として来崎したインドネシア人らが伝えた南方系のものだといわれている。図柄はオランダ船の旗や花、鳥などを簡単にデザインしたものが多くみられる。

 一説では、長崎ハタのルーツはインドにあるといわれている。ビードロ(ガラス粉)を付けたヨマ(揚げ糸)を空中で切り合う「けんかバタ」のスタイルは、インド庶民のハタ揚げの仕方とほぼ同じ。インド語でハタを意味する「パタン」と言葉が似ているが、名称については「国旗のハタの意味」などと諸説。「ヨイヤー」という掛け声の由来もよくわかっていない。

 一般的にハタ揚げは、正月の行事と考えられがちだが、長崎では古くから「大人の娯楽」として毎年春に行われてきた。江戸時代は「資産家の道楽」に近く、ハタ揚げ見物をしながら、太鼓や三味線を鳴らし、芸者の酌で酒を酌み交わす光景が多く見られた。

 小川凧店の小川暁博さんは「江戸時代には、ハタ揚げで屋根に上ったり、畑を荒らすなど、あまりの熱狂ぶりに『禁止令』まで出た」という。長崎人のハタ揚げへの「愛着」の深さがうかがえるエピソードである。

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 唐八景公園へは長崎駅前からバスで約30分。長崎ハタ揚げ大会は、毎年4月上旬の日曜日に開催。問い合わせは長崎新聞社営業局事業部へ(電095・844・5261)


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