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お知らせ

入場者数14万人を突破しました!

2017年06月23日

「ジブリの大博覧会」長崎展は、6/23(金)、累計入場者数が14万人を突破しました。

心より御礼申し上げます。
同日にはセレモニーが執り行われ、記念すべき14万人目のお客様となった、佐賀県鳥栖市の酒井さんに記念品の贈呈がありました。
会期もいよいよ今週末まで。土日も残すところあと1回となりました。

最終日の日曜日は降水確率が高く、かつ、混雑が予想されますので、土曜日のご来場をおすすめいたします。

 

トトロやネコバス、ポニョに会えるのもあとわずかです!
皆さまのご来場を心よりお待ちしております。
※写真:14万人目の入場者となり、記念品を受け取る佐賀県鳥栖市・酒井さん(中央) =長崎歴史文化博物館

【ジブリの大博覧会開催記念インタビュー】武重 洋二さん

2017年06月21日

アニメ映画「もののけ姫」や「千と千尋の神隠し」など数多くのジブリ作品の美術監督を務めた武重洋二さんに、ジブリ作品の魅力や開催中の「ジブリの大博覧会」、来月開催の「スタジオジブリ・レイアウト展」などについて聞いた。(聞き手は本田勇二)

 

 

-アニメ映画の美術監督とはどんな仕事か。

「キャラクターも含め、動く部分を描くのがアニメーター。その背景を描くのが美術の仕事。美術監督は、複数の背景スタッフを人選し、仕事を発注し、画を監督にチェックしてもらい、完成に導くまとめ役。現場の環境を整えたり、スタッフのケアをすることが大切だったりする。自分で背景を描く時は、その空間の匂いや湿度が伝わるようにと心掛けている。」

 

 

-数々のジブリ作品で美術監督を務めているが、特に思い出深い一作を挙げるとすれば何か。

「「千と千尋の神隠し」(2001年)。大作の美術監督を任された。どんな作品世界を描けばよいのか、全く浮かばず、ひと月もふた月もスケッチを重ねながら悩んだ。当時は冬だったが、汗びっしょりで目が覚めたこともあった。難産の末に出来上がった作品で、思い出深い。」

 

 

-これまでに、納得がいったという背景画は。

「私が美術監督をした作品の中で、個人的に一番好きな作品は「ゲド戦記」。背景画に多彩な色を使っており、自分の好きな絵の雰囲気が出せたと思う。」

 

 

-「ジブリ作品」の魅力は。

「宮崎駿、高畑勲という「監督の力」が大きいと思う。演出力だったり、発想だったり。宮崎さん、高畑さんは、テレビアニメ「アルプスの少女ハイジ」のころから、「子どもに見せるものだから、きちんと作ろう。子どもだましではなく、丁寧な作品作りをしよう」と心掛けてきたように思う。その結果、全ての世代の方々に受け入れられているのだと思う。」

 

 

-自身も観覧した「ジブリの大博覧会」は13万人を突破。この展覧会が多くの人をひきつける理由をどう考えるか。

「宣伝を切り口にしたユニークな企画展。私の仕事は画(え)を描くことが中心だが、映画作りは音楽や編集などさまざまなセクションが関わっていて、宣伝も重要な役割を担う。数多くの宣伝物や資料をまとめて見ることができるのは面白いと思う。」

 

 

-長崎の印象は。

「長崎は高校の修学旅行以来、35年ぶり2度目。今回は数日、長崎市内を散策する機会を得たが、中心部の喧騒(けんそう)から離れて、ちょっと山のほうに登ると静けさに包まれて、南国特有の植物が生い茂っていたり、エキゾチックな雰囲気が漂う。機会があれば長崎市外を訪れたり、海から陸地を眺めたりしてみたい。」

 

 

-最後に、「ジブリの大博覧会」「スタジオジブリ・レイアウト展」と合わせ、今年は「長崎ジブリイヤー」。県民の皆さんにメッセージを。

「二つの展覧会を続けてご覧いただくことで、ジブリの映画作りを、いろいろな視点で見ることができるようになると思う。また新たな気持ちで(ジブリ)映画を見れるのではないか。多くの皆さんに楽しんでいただければ、関わったスタッフとしてうれしい限りだ。」

 

 

 

【略歴】たけしげ・ようじ 1964年、フィラデルフィア生まれ。多摩美術大学油絵科中退。「となりのトトロ」の背景画でジブリ作品に初参加。その後、数々のジブリ作品の背景を担当し、短編「On Your Mark」(95年)では初の美術監督を務める。その後も「もののけ姫」(97年)、「ホーホケキョ となりの山田くん」(99年)、「千と千尋の神隠し」(2001年)、「ハウルの動く城」(04年)、「ゲド戦記」(06年)の美術監督を歴任。「借りぐらしのアリエッティ」(10年)では吉田昇とともに美術監督を務めた。「風立ちぬ」(13年)でも美術監督として参加した。ジブリ以外の参加作品も多く、「サマーウォーズ」(09年)では美術監督として第9回東京アニメアワード美術賞を受賞した。

 

 

「二つの展覧会を多くの人に見ていただければ」と話す武重さん=長崎市立山1丁目、長崎歴史文化博物館

入場者数13万人を突破しました!

2017年06月18日

「ジブリの大博覧会」長崎展は、6/18(日)、累計入場者数が13万人を突破し、今日一日でなんと8,700人のお客様にご来場いただきました。

心より御礼申し上げます。
同日にはセレモニーが執り行われ、記念すべき13万人目のお客様となった、長崎市の山田さん母子に記念品の贈呈がありました。
会期もいよいよ25日まで。土日も残すところあと1回となりました。

トトロやネコバス、ポニョに会えるのもあとわずかです!
皆さまのご来場を心よりお待ちしております。

 
※写真:13万人目の入場者となり、記念品を受け取る長崎市・山田さん母子 =長崎歴史文化博物館

入場者数12万人を突破しました!

2017年06月15日

「ジブリの大博覧会」長崎展は、6/15(木)、累計入場者数が12万人を突破しました。心より御礼申し上げます。
同日にはセレモニーが執り行われ、記念すべき12万人目のお客様となった、五島市の草野さん母子に記念品の贈呈がありました。

 
土日も残すところあと2回です。トトロやネコバス、ポニョに会えるのもあとわずかとなりました。

 
皆さまのご来場を心よりお待ちしております。

 
※写真:12万人目の入場者となり、記念品を受け取る五島市・草野さん母子 =長崎歴史文化博物館

11万人突破!貸切ツアーも実施!

2017年06月11日

ジブリの大博覧会は10日(土)、総入場者数が11万人を突破しました。

同日には多くのジブリ作品で美術監督を務められた武重洋二さんを招いた特別企画を実施。

第一部の「お話しの会 」、閉館後に行った第二部の「貸切ギャラリートークツアー」とも、武重さんの当時の貴重なエピソードを多く語ってもらいながら、和やかにイベントは進みました。

 

 

 

 

 

最後はこの大博覧会をプロデュースしたジブリの青木Pも交え、参加者みんなで記念撮影!

 

 

 

会期はいよいよ25日まで!ネコバスやトトロがお待ちしておりますよ♪

入場者数11万人を突破しました!

2017年06月10日

「ジブリの大博覧会」長崎展は、6/10(土)、累計入場者数が11万人を突破しました。心から御礼申し上げます。

 

同日にはセレモニーが執り行われ、記念すべき11万人目のお客様に、多くのジブリ作品で美術監督を務められた武重洋二さんより、記念品の贈呈がありました。

 

今後も皆さまのご来場を心よりお待ちしております。

 

 

※写真:11万人目の入場者となり、美術監督・武重洋二さんより記念品を受け取る長崎市・村里瞬輝くん(中央) =長崎歴史文化博物館

祝10万人突破! ペア100組をご招待!

2017年06月07日

「ジブリの大博覧会」の総入場者数が4日、10万人を突破したのを記念して、同博覧会にペア100組200人を期間限定でご招待します。多数ご応募ください。

 

 

【応募方法】

はがきで応募。一人一通まで。代表者の郵便番号、住所、氏名、年齢、職業、電話番号を明記してください。

 

 

【送付先】

〒852-8601(住所不要)長崎新聞社事業部「ジブリの大博覧会ご招待係」まで。

 

 

【締め切り】

6月9日(金)必着

 

 

【賞品と発表】

▽当選はがきで2名、6月23日(金)まで無料で入場できます(24日以降は無効)。

▽応募多数の場合、抽選。発表は当選はがきの発送をもって代えさせていただきます。当選はがきは6月13日(火)までに届く予定です。

【ジブリの大博覧会開催記念インタビュー拡大版】鈴木 敏夫さん

2017年06月05日

ジブリの大博覧会長崎展開催を記念して、ジブリ作品に縁ある著名人に、作品に込めた思いや当時のエピソードなどを聞きました。ダイジェスト版は6/2付長崎新聞に掲載しています。

最終回となる今回は、鈴木敏夫さんです。

 

 

スタジオジブリの代表取締役プロデューサー・鈴木敏夫さんは、映画を「作り」「宣伝する」という立場で、数々のヒットを生み出してきました。

開催中の「ジブリの大博覧会」では、そんなプロデューサーとしての仕事に焦点が当てられています。宮崎駿、高畑勲両監督と共に「ジブリの顔」を長年務めてきた鈴木さんに話を聞きました。

 

ⓒ Studio Ghibli

 

 

―「ジブリの大博覧会」は宣伝戦略を切り口にした斬新な企画。その誕生の経緯は。

「宣伝に関わる物は普通、映画が終わったら処分することが多いんですけど、僕はその大量の宣材物をずっと取っていました。その整理をやっている中で「これはなにか展示になるのでは」と考えたんです。ただ、宣材物をご大層に一点一点並べる展覧会ではないと思った。映画の前に触れる宣材物はきっと、お客さんの頭の中に記憶が整理されないままで残っている。そこで、いろんな作品を雑然と展示したら面白いんじゃないかとのイメージがありました。」

 

 

―最初のころは宣伝にあまり関心がなかったそうですが、宣伝を本気で意識した瞬間のエピソードを。

「高畑勲、宮崎駿両監督はギリギリまで作品の制作を続けることが多く、宣伝に時間を割く余裕はありませんでした。「風の谷のナウシカ」だって、完成したのは公開の1週間前。今となっては幻のシーンですが、巨神兵と王蟲(おうむ)が戦う場面を、完成に間に合わせるためにまるごと無くしたくらいでした。そんな中で「宣伝」と言われてもって感じでしたね(笑)。

ですが、「魔女の宅急便」の時、映画会社の人に「宮崎駿はこれが最後かもしれない。ナウシカ以降お客さんの動員が減っている」と指摘されました。この言葉は今でも耳にこびり付いています。「作ったものは、見てもらわなくてはいけない。つまりは宣伝が必要」と、そのまま日本テレビさんに協力をお願いに行きました。大量のテレビスポットをはじめ、タイアップしていたヤマト運輸さんの協力もあり、結果、それまでのジブリ作品で最大のヒットになりました。」

 

 

―スタジオジブリでは新聞広告も大事にしています。

「僕は、作った作品は老若男女、世代を問わず見てもらいたい。若い人だけに見てもらいたいなら新聞を外すことになるんだろうけど、「老」に見てもらうにはやはり新聞。僕自身、デジタルにはない新聞の一覧性は素晴らしいと思っています。」

 

 

―プロデューサーの仕事をする上で苦労する点は。

「宮崎駿監督の例で言うと、彼は絵コンテを少しずつ作っていくんです。だから僕らは「この映画って何を伝えようとしているのか」と先回りして考えないといけない。出来上がった部分までを何回も見て「この先はこうなるだろう」と想像して、その中で方針を決めるんです。変な話、彼以上に考えています。そうじゃないと宣伝できないですから。

「千と千尋の神隠し」の時、公開の随分前に僕は「この作品は千尋とカオナシの物語です」って宣伝しました。そしたら、普段宣伝に口を出さない宮崎監督が「千尋とハクじゃないの」って言ってきたんです。でも、その影響があったのかもしれない。映画の画が繋がった時に彼が僕の部屋に来て「鈴木さん分かったよ。これ、やはり

千尋とカオナシの話なんだね」って言うんです。自分で作っておいて何言ってんだと思ったんですけどね(笑)。」

 

「千と千尋の神隠し」ⓒ 2001 Studio Ghibli・NDDTM

 

 

―ジブリの大博覧会では、鈴木さんご自身の仕事机回りも再現されています。

「実を言うと、僕の机回りの展示については初会場の現場に行くまで知らなかったんです。最初は「こんなもん作りやがって」って頭に来た。でも、再現度を見て感心せざるを得なかったんです。1回座ってみた瞬間、本当に自分の会社にいるような気分になりました(笑)。ついいつものようにそこら辺にある物を持とうとしたら固定されていて動かないんで、我に返りましたけど。」

 

ⓒ Studio Ghibli

 

 

―ジブリ初の外国人監督作品「レッドタートル」や宮崎駿監督の長編アニメーション映画制作からの引退撤回など、最新動向についてお聞かせください。

「僕はマイケル・デュドク・ドゥ・ビット監督の「父と娘」が大好きで、数十年この仕事をしてきて初めて自分の好きな物を作りたくなりました。それで彼に話を持ち掛け完成した「レッドタートル」はカンヌ国際映画祭で賞をいただき、アカデミー賞にもノミネートされました。

アカデミー賞の直前、ノミネートされた作品のプロデューサーと監督が一堂に会するイベントが米国でありました。その時に僕はマスコミがいないと思って、「(宮崎監督は)今も作品を作っている」って喋ってしまって、想像を超えて大きな騒ぎになってしまいました。(宮崎監督)本人は「アメリカまで行って、引退撤回を発表するなんて」って口では怒りながらも、本当にうれしそうな顔をしていたそうなんです(笑)。もしかしたら、レッドタートルという作品が彼の引退撤回をもたらしたのかな、とも思っています。」

 

 

―ジブリの大博覧会を訪れる人にメッセージを。

「宣材物とはいえ、知恵や労力を使って作り上げた一つ一つの物に創意工夫があり、その妙を見てもらいたいと思います。短い時間では全部見ることができないくらいいろんな物が展示されているため、1日たっぷり楽しむつもりで来てください。」

 

 

国内では昨年、「君の名は。」「この世界の片隅に」が大ヒットを記録しました。アニメーション映画は世代に関係なく受け入れられ、実写映画をしのぐ観客を得ています。

「僕は実写映画が大好きで、子どものころから見ているのですが、昔は映画会社がそれぞれの持ち味を生かした映画を作っていました。その時に何が大事だったかというと、各社がスターを育てることでした。現在ではどうもそのシステムが壊れちゃって、スターが育ちにくい状況になったと感じます。僕はどこかで、映画ってキャラクターだと思っているんですが、実写の方でそういったキャラクターがいなくなったことが、アニメーションに移っていった大きな原因の一つかなって。

「君の名は。」と「この世界の片隅に」は、両作品とも時代を反映していると思いました。実写だろうがアニメーションだろうが、常にその時代を反映した物を本来は作るべきなんです。「君の名は。」をきっかけに、いろんな映画会社がみんなアニメーションに移行しつつあるんですよね。でも、アニメーションだからヒットした訳じゃないんですよ。実写の方で大きなスターがいなくなったことも一つの原因なんでしょうけど、ヒットした物は必ず時代性がありますよね。そこの所を勘違いすると失敗しますよね。」

 

 

―鈴木さんの人を見る目や仕事に対する姿勢についてお聞かせ下さい。

「僕は人を見る目は無いと思っています。もし特徴があるのだとすれば、「人を公平に見る」ということ。顔、年齢、男女の区別は一切関係ありません。僕の基準は、何か仕事を頼んで、それに対してどれだけの答えを出してくれるか、ここで初めて判断するんです。自分の思い込みで「この人はこうだろうな」と決め付けてしまうと、ひどい目にあうんで。そうすると間違えないし、その中で適正も見えてくる。そうなると、今度はその人たちの組み合わせです。

雑誌をやっていた時も、恒常的に60人のスタッフがいたんです。この人たちの組み合わせを考えるのが好きで、1+1が〝3〟になる、そんな瞬間を結構見てきた。あと、一番心掛けていたのが「自分の意見を言わない」ということ。60人のスタッフからネタが1人5個出ると300、10個だと600になります。僕は必ずその中から選んで雑誌に反映させ、自分で「これをやろう」とは絶対に言いませんでした。そうすると、みんなよくやってくれたんです。常に人の力を借りるというのが、多分僕の仕事の基本なのかなという気はしています。」

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