踊り子の躍動美が秋の佐世保市街地を彩る「YOSAKOIさせぼ祭り」は二十四日開幕。過去最多の百四十八チーム、約七千人が県内外から参加予定だ。盛り上がりが期待される中、草創期からかかわる竹本慶三実行委員長が今回で勇退するため、新たなステージへの試金石となる。支える関係者の紹介を通して今後を展望する。(佐世保支社・緒方秀一郎)

舞いつなぐ 第11回YOSAKOI祭り
▲1▲
県内最高齢の踊り子
古賀明さん(80)
 軽やかステップで10年

出会い糧に生涯現役

 YOSAKOIと出合ったのは七十歳。海上自衛隊退官後二十年務めた仕事も退職していたとき。佐世保市内の自宅近くに家庭菜園を作ったが、訓練で鍛えられた屈強な体は、耕作だけでは満足できなかった。ラジオから流れた踊り子募集のニュースを聞き、さっそく応募。躍動感あふれる踊りの魅力に、たちまちとりこになった。

 初舞台は一九九九年の祭りPR隊。二〇〇三年まで隊員の一人としてサンフランシスコや上海などへ遠征した。〇五年からは、幅広い年齢層が集まるチーム「一蓮風雅(いちれんふうが)」に加わっている。

 「男なら、笑顔と力強さ。苦虫をつぶしたような顔じゃ、踊れん」。激しい振り付けにも、苦しい顔ひとつ見せず軽やかなステップで舞う。自衛隊時代はごう音の中で艦船の整備などをしていたことから難聴があるが、「YOSAKOIの音楽は音が大きいから大丈夫」。チーム練習がない日も、自宅でビデオを見ながら体にたたき込んだ。

古賀さん(中央)
軽やかに踊る古賀さん(中央)=佐世保市立日野中体育館
 今でこそ元気いっぱい踊りを楽しむが、大病を抱えながらの活動だった。

 九九年六月、PR隊が開いた札幌のYOSAKOIソーラン祭り参加壮行会。下腹部に違和感を感じ、倒れた。祭り参加後の検査で前立腺がんと判明。

 「YOSAKOIは健康のバロメーター(指標)。踊りたい」。医者の許可を受け投薬しながら踊り続け、七十五歳のときに放射線治療でがんを克服した。

 踊り続けて良かったのは人の優しさが身に染みてわかったこと。振り付け指導を受けるたび、近くで大きな声を出し内容を伝えてくれる仲間がいる。「年は違っても同じ踊り子」。本番に向け練習を重ねるごとにきずなは強まっているという。

 今年の「一蓮風雅」のテーマは「奇蹟(きせき)」。生きることの美しさ、素晴らしさを光など大自然をイメージしながら表現する。

 同世代には「人との出会いが生きる上で大事。外に出て熱中できることを探そう」と呼び掛ける。「米寿まで踊れたら、それこそ“奇蹟”。生涯現役を目指したい」


2008年10月21日長崎新聞掲載