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朝会議  行動派集まりアイデア生む

 十六日午前七時、佐世保市上京町のセントラルホテル佐世保。YOSAKOIさせぼ祭り実行委の約五十人が次々と現れた。発足当初から月二回開かれてきた朝会議。商店街の店主や会社役員、学生など実行委員が一堂に集まりやすいのがこの時間帯だった。

 朝食を取った後に始まった。祭り前の最後の会議。設営、進行、交流会など各担当者から最終報告が続いた。和やかな雰囲気だが、竹本慶三委員長(57)が厳しい表情で「連絡ちゃんとしろよ」と指示する場面も。

 朝会議はYOSAKOIさせぼ祭りが誕生した場でもある。市南部の大型商業施設開業に危機感を抱いた商店街有志は朝会議を重ね、一九九六年、街をイルミネーションで彩るきらきらフェスティバルを開催。約一キロのアーケードを舞台にした大パーティーや、「第九」合唱などで多くの市民を巻き込み、商店街は大いに盛り上がった。

朝会議
朝会議で話し合いを重ねるYOSAKOIさせぼ祭り実行委=セントラルホテル佐世保
 きらきらフェスの成功で自信を持った有志は九七年二月、若者・馬鹿者・よそ者夢会議と題し次なる仕掛けを出し合った。「サザンオールスターズのコンサートを赤れんが倉庫前で開きたい」「九十九島が一望できる弓張岳にロープウエーを」。そんな中、川上順さん(56)が持ってきた一本のビデオテープが一同の心をつかんだ。

 映っていたのは札幌のYOSAKOIソーラン祭り。その機敏な動きととびっきりの笑顔に引かれた。「こういう笑顔をしたい、広めたい」。早速、同年六月、三十四人がソーラン祭りを視察。十一月のおくんち佐世保祭りで早速、二チームが鳴子を手に演舞を披露した。

 翌年、ダンスバトルとして始まったYOSAKOIさせぼ祭りが軌道に乗るのに時間はかからなかった。竹本委員長らには、西海アメリカンフェスティバル(二〇〇二年に終了)など佐世保青年会議所時代に培った運営ノウハウがあったからだ。

 川上さんは振り返る。「やってみようと行動するメンバーが集う朝会議があったからこそ、今のYOSAKOIさせぼ祭りがある」


2007年10月25日長崎新聞掲載