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飛躍年隊  各地で“種”をまき来年解散

 「佐世保の熱い心意気を伝えます。豊かな表情で皆さんに迫ります」

 熊本市で十四日開かれた第六回YOSAKOI九州中国祭り。YOSAKOIさせぼ祭りのPR隊「させぼ飛躍年隊」の竹本慶三隊長(57)の声が響いた。号令に続いて隊員一同、熊本城をバックに「見てちょーだい」と躍動美を披露。たちまち市民をとりこにした。

 九十九島の美しい自然と佐世保の街の自由な雰囲気を楽曲と演舞で表現してきた飛躍年隊。北海道や高知県などの“よさこい先進地”で学び、各地の踊り子と交流。中国や韓国などへも遠征。やがて、九州内外から佐世保へ来るようになった。YOSAKOIさせぼ祭りの参加チーム数はここ数年、三けたを推移している。

 演舞を終えると、充実した表情の踊り子たちは異口同音に、飛躍年隊の魅力を語る。「楽しい」「多くの人と仲良くなれる」と。PR隊といっても報酬はなく、むしろ参加費、衣装代、交通費など手出しが多いのに。佐世保を、よさこいをこよなく好きで支えてきた。

させぼ飛躍年隊
熊本城をバックに演舞する「させぼ飛躍年隊」=14日、熊本市
 だが、させぼ祭り十回目を機に実行委は「一定の役割を果たした」として飛躍年隊を解散することを決めた。来年五月で活動に終止符を打つ。同隊以外の佐世保のチームもほかの祭りに出るようになった、というのが主な理由だ。

 飛躍年隊の前身は一九九九年の「南風夜99佐世保平戸た〜い」。市制百周年を翌年に控えた二〇〇一年、現在の名称に変更。拡大を続け、今では二百−三百人の大所帯。別のチームと掛け持ちをする踊り子も多い。

 実際、YOSAKOI九州中国祭りに集まった飛躍年隊は当初二十人ほどだったが、本番では倍近くに膨らんだ。他県在住で同隊にも登録している踊り子が加わったのだ。所属チームの空き時間に佐世保をPRした。

 宮崎県小林市のYOSAKOI小林翔舞会で会長をしている宮地美智子さん(50)は「させぼ飛躍年隊の解散は寂しいが、(同隊で)学んだことを小林でも生かしたい」。同会は今年もYOSAKOIさせぼ祭りに参加する予定。同隊がまいた種は各地で花を咲かせ続けている。


2007年10月24日長崎新聞掲載