平成20年
長崎くんち
  踊り町と出し物紹介

2008年5月31日長崎新聞掲載


西古川町
 本踊り・櫓太鼓
西古川町
 「伝統を絶やすわけにはいかない」。この思いに突き動かされ、西古川町がくんちに戻ってきた。

 「櫓太鼓」は相撲場や歌舞伎劇場で開場または閉場を知らせるため、櫓の上で打つ太鼓。江戸時代、相撲の本場所は五場所あり、九州での巡業は長崎だけ。この興行を仕切っていたのが同町。町内には、初代横綱の明石志賀之助の流れをくむ力士も住んでいたという。相撲と縁が深いことから、一八二一(文政四)年に初めて櫓太鼓を奉納。だが、決して平たんな道のりではなかった。今回は十四年ぶりの出演だが、実は前回も櫓太鼓としては三十六年ぶりの復活。当時は指導者もなく、残されていた録音テープから耳で学ぶ苦労を重ねた。今回は前回出演時のビデオを参考にし、相撲甚句、櫓太鼓、弓取り式、本踊り「諏訪舞晒三番叟」を披露。伝統はつながれていく。

西古川町自治会 会長 山下康一さん(59)

 かつて町内に、櫓太鼓の名人がいました。録音テープが残されていますが、今聞いても大変素晴らしい。この音に少しでも近づけるように、猛練習を重ねています。伝統を失わないためにも、町一丸となって頑張りたい。




金屋町
 本踊り
金屋町
 古典調の本踊り「秋晴勢獅子諏訪祭日(あきはるるきおいのししのすわのまつりび)」を奉納する。六人の踊り手から、うち四人が途中で"勢獅子"に早変わり。獅子の前足と後ろ足にそれぞれ一人ずつ入り、江戸前の歌舞伎踊りを披露する。踊り馬場を縦横無尽に駆け踊る二頭の獅子。中に入る二人の息がぴったり合わなければならない。四人のうち、二人は今回初めて獅子を演じるだけに、本番まで猛練習を積み重ねる。

 指導する藤間欽素峰さんは「前回から二頭に増やしたが、とても素晴らしかった。今回どのようにしていくかは練習の中で考えていくが、七年前に負けないものをお見せしたい」と話す。

 また、所望踊りでは子どもたちが町名の由来を紹介する「金屋町の唄」に合わせて踊る。ユーモアあふれる歌詞なので、本番では聞き逃しのないように。

金屋町自治会 会長 島 兵司さん(74)

 当初、獅子は一頭だけでしたが、それでは寂しかったので前回から二頭にしました。獅子の踊りは勇壮なだけに、中に入る踊り手たちがどれだけ息を合わせられるかが鍵。本番では上品かつ華やかな踊りで観客を魅了したいと思います。




新大工町
 詩舞・曳壇尻
新大工町
 吟詠に合わせてはかま姿の若い女性たちが優雅に詩舞「祝賀の詞」を披露すると、勇壮な「曳壇尻」が踊り馬場に姿を現す。

 曳壇尻は総ヒノキ造り。本漆塗りで一九八六年(昭和六十一)年に新造された。屋根飾りは春日大社の情景を配している。

 今回初めてお色直しをし、さらに囃子(はやし)で打ち鳴らされる鉦(かね)もより大きなものに換えた。

 本番では、にぎやかな囃子と共に、色鮮やかに生まれ変わった曳壇尻が踊り馬場を駆け回る。

 町では二年前、くんち研究会を発足。実際に春日大社にも足を運ぶなどして、歴史も学んでいる。この中で、春日大社の祭神が常陸の国から白い神鹿の背に乗って来られたということが分かった。曳壇尻の上にいる鹿が、本番ではどのような姿を見せるか楽しみだ。

新大工町自治会 会長 大場清利さん(74)

 諏訪神社の門前町という誇りと、地元を愛する心が「くんち」を支えています。

 早朝の町にシャギリの音が響き渡ると、長崎っ子の血が騒ぎ、老若男女を問わず、町を挙げて酔いしれます。

 そいけん「くんち」はよかっさねー。




諏訪町
 龍踊り
諏訪町
 響きわたる勇壮な囃子にのって、生命を吹き込まれた龍が舞う。一八八六(明治十九)年から始まり、百年以上の歴史を誇る諏訪町の龍踊り。一九五七(昭和三十二)年、青龍に、復活した白龍と子どもたちの子龍(青、白)の計三匹が加わった。一九八六(同六十一)年からは孫龍も登場。

 見せ場は、龍方(じゃかた)十一人が、龍を使いながら一瞬のうちに入れ替わる「棒交代」。目にも鮮やかな早業は、お家芸と呼ぶにふさわしい。さらに、青龍と白龍がともに踊る「双龍の舞」は、まさにくんちの醍醐味(だいごみ)といっていいだろう。

 五体の龍が登場するだけあって、総勢約二百人。「くんち一の大所帯だが、体験が郷土愛につながれば」と山下寛一・総監督。「(本番では)"七年に一度"の熱い思いを伝えたい」

諏訪通り町会 会長 大田壽満夫さん(58)

 山下誠さんが亡くなって以降、初めての出場になります。それでも、発足した女性部や、幼少から参加の若い世代、さらに経験豊富な方もいて心強く感じています。演出が多く、けいこは大変ですが、誇りを持って前回よりもいいものを目指します。




榎津町
 川船
榎津町
 一九四九(昭和二十四)年に新調し、現存する川船では、一番古いという。長さは六メートル、重さ三トンで重量感もたっぷり。その川船を大太鼓、大鉦、小鉦、締め太鼓の軽快なリズムにのって、根曳(ねびき)衆が前進、後退を繰り返し、力の限りひき回す。屋根の飾りは紅葉と菊で秋の情趣を伝える。加えて、子どもがふんする網打ち船頭、飾り船頭なども登場し、見どころ満載。

 大正時代から続くというだけあって、親子四代でかかわった町民もいる。今回、総勢約六十人のメンバー全員が町民の「オール榎津町」で臨む予定。今村親示・奉賛会会長(七二)は「コミュニティー活動」と目を細める。

 船の傷みもあり、反対回しはしない。それでも、豪快さ、軽快さ、華やかさなど多彩な演出は、見る者を魅了し続けるはずだ。

榎津通り自治会 会長 堀端岸太さん(63)

 町民に喜んでもらえるように、意気込みが伝わる小屋入りにしたいです。私自身、新調当初から川船と「出場」してきました。ただし、次回は船を新しくする予定です。今回が最後の名残惜しさはありますが、いたわりながら力強く回したいです。




賑町
 大漁万祝恵美須船
賑町
 親船「恵美須船」と子舟二隻の計三隻が船団を組み、大漁を祝う様を表現する。

 恵美須にふんした幼児が、船の上から本物の生きたタイを釣り上げるのが最初の見せ場。次に船から網が広げられ、中学生による子舟「宝恵(ほうえい)船」、「豊来(ほうらい)船」が魚を追い込む船回し。最後に恵美須船が大漁を祝う歓喜のひき回しを豪快に見せる。

 恵美須船の奉納は今回が四回目となる。一九八六(昭和六十一)年、それまでの本踊りから、町内の若者総出で奉納できる恵美須船に変更したという。その昔、魚類商売の人たちの守護神として祭られ、今も町に残る恵美須神社にちなんだ。

 恵美須船は重量級。「大漁かご」「大いかり」などの飾りを屋台に乗せると重さ四トン、高さ四・五メートルになる。根曳衆の半数は経験者で気合十分。本番へ向け体力づくりに精を出している。

賑町自治会 会長 大岩光八郎さん(75)

 まずは事故を出さず、「これぞ恵美須船」という立派な奉納を目指します。根曳衆の練習は、子どもたちの指導の後となり時間確保が大変ですが、皆結束して頑張っています。過去三回を上回る出来にご期待ください。




新橋町
 オランダ万才
新橋町
 オランダ万才は、もともと日本舞踊・花柳流が一九三三(昭和八)年に創作した踊り。長崎くんちの奉納踊りとしては一九五一(同二十六)年、新橋町が初めて取り入れた。以来約六十年。長崎の外で生まれた踊りではあるが、長崎の異国情緒と相まって、くんちのおなじみの顔触れとして定着している。

 今回は二十二年ぶりに長崎検番の六人が出演する。オランダから長崎へやって来たオランダ人の「万歳」と「才蔵」が、町の風景を見ながら、おもしろおかしく踊る。

 うちわを手にする万歳と鼓を持つ才蔵。二人が鼓を取り合うコミカルな動きや、町で出会う四人の芸妓(げいこ)と一緒になった踊りが見どころだ。「古典の動きとはひと味違った難しさもあります」と指導に当たる花柳流師匠、花柳輔芳さん=長崎市鍛冶屋町=。検番らしさ漂う阿蘭陀万歳に期待したい。

新橋町自治会 会長 新橋町くんち奉賛会 会長 中山義一さん(68)

 奉納踊り「オランダ万才」の"本家"と自負しており、こだわりや愛着は強いものがあります。今年は二十二年ぶりに長崎検番が出演。町内では若者から年配までよく動き回り、本家本元の心意気で頑張っています。





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