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長崎新聞報道120 『あなたが選ぶ10大ニュース』


 事件
 衝撃、緊迫の瞬間伝える
紙面
バスジャックを報じた1977年10月16日付朝刊1面。発生は15日午後0時50分ごろで、初報は前日の15日付夕刊だった。事件は16日午前4時半すぎ、県警警官隊が突入、犯人1人を射殺し1人を逮捕、人質全員を救出し解決した
 1977年10月15日の長崎バスジャックは、平戸口発長崎駅前行きの特急バスを男2人が乗っ取り、乗客と運転手計23人が人質に。人質解放交渉や警察との銃撃戦が報道され、県民に鮮烈な記憶を残しました。16日付朝刊段階は未解決で、現場となった長崎市内のガソリンスタンドや、バスの窓から身を乗り出した覆面の犯人の写真が掲載され、緊張感を伝えています。

 2003年と04年には、被害者も加害者も子どもというやりきれない悲惨な事件が相次ぎました。命をどう考えていくか、あるいは命の大切さをどう教えていくか−というテーマを県民に突き付けました。

 2人の長崎市長に対する銃撃は、どちらも内外に衝撃を与える大事件でした。90年1月18日に長崎市役所前で発生した本島等市長の銃撃事件は「昭和天皇戦争責任発言」を背景とする犯行で、言論の自由をめぐる論議が巻き起こりました。本島さんは87歳で健在です。

 07年4月17日にJR長崎駅前で伊藤一長市長が銃撃され、翌日死亡した事件は市長選の真っ最中の犯行でした。殺人罪などに問われた被告には一審で死刑判決が下されました。今月29日に福岡高裁で控訴審判決が予定されています。




本島長崎市長銃撃事件/思い出すたび恐怖感じる
     銃撃された元長崎市長 本島等さん(87)=長崎市

顔
「隣人の話を聞くことから始まるのかもしれない」と語る元長崎市長の本島等さん
 1990年1月18日午後3時すぎ、長崎市役所玄関前で銃撃事件は起きた。本島等市長が市議会答弁で昭和天皇の戦争責任に言及したのは88年12月7日。それから1年余りがすぎていた。

 議会発言以降、右翼の街宣車が抗議行動を展開、市庁舎に銃弾が撃ち込まれる事件も起きたが「発言撤回は政治家として死を意味する」と主張を曲げなかった。本島さんは「暴力や圧力で撤回するのはみっともないでしょう」と振り返るが、87歳になった今も「道を歩いていても事件を思い出し恐怖を感じることがある」と語る。

 2007年、伊藤一長市長が射殺された。「人間は暴力的な部分を慎み、少なくしようと社会を成長させてきたのではなかったのか」と怒り、平和な街を子どもたちに残すには「一人一人が隣人の話を聞いてみることから始まるのかもしれない」と話した。






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