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「志を果たしていつの日にか帰らん 山は青き古里 水は清き古里…」
二十二日、池島中学校の体育館。修了式の後、八十八人の一、二年生が声を合わせて「ふるさと」を歌いだした。「生徒たちが歌いたいと言ってきてね…」。杉澤伸慈校長(52)をはじめ、その場にいた誰もが目頭を熱くした。
一九五九年創立の同校。炭鉱全盛時の七〇年ごろは約六百人の生徒が在籍。これまでに四千八百人を超す卒業生を送り出した。しかし、卒業生を含め百四十八人いた生徒の大半が島を去り、新年度は二十五人ほどになる。

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卒業式で涙を流す卒業生。全校生徒の8割以上が島を去る=西彼外海町池島、池島中体育館
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二十六日。池島港は引っ越しの元炭鉱マン一家と見送りの住民でごった返した。二年生の杉本裕美さんが、親友の宮崎紗耶香さん=いずれも(14)=と一緒にフェリーへ五色のテープを投げた。このところ連日の見送り。「寂しい」と二人の目に涙が光る。
二年生の女子は二十人。杉本さんを残して皆、転校する。四歳からずっと一緒だった宮崎さんも近日中に島を去る予定だ。そうすれば新三年生の女子は杉本さんただ一人になる。
所属するバスケットボール部はチームを構成できる五人に満たず解散する。「これからつらいこともあると思う」。いつもの明るい笑顔が曇った杉本さんを、宮崎さんが「どこにいても友達。応援してる」と励ました。
池島中は二十五日の職員会議で、今後の学校運営を話し合った。「体育大会や合唱会などは小中合同で」「パソコンを使い転校した生徒と交流できないか」「地域を巻き込んだ新たな行事を」―小規模でも楽しい学校をつくろうと先生たちが懸命に知恵を絞った。
杉本さんは十四日の卒業式で、在校生を代表し「先輩たちの伝統を受け継ぎ、少人数でもパワーがすごいと感心される学校にします」と送辞を述べた。不安を胸にしまい、最上級生として学校を引っ張る決意だ。「みんなと過ごした日々を忘れずに頑張る」。もちろん笑顔は忘れない。
新入生たちが間もなく中学の門をくぐる。杉澤校長は思う。「残った君たちを大切にする。先生たちと一緒に手探りで進もう」。新たな学校づくりを模索する一年が始まろうとしている。
(2002年月3月29日掲載)
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