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デイサービス 高齢者に差す不安の影

 今月二十一日の昼前。池島にある町立老人憩の家で、数人の女性が手持ちぶさたでお茶を飲んでいた。この日は木曜日で、週一度のデイサービスの日。本来なら十数人のお年寄りがやって来て、昼食の支度や入浴の介助に忙しい時間帯だ。だが、館内はがらんとしている。

 「今朝の強風で船が欠航して、本土から看護婦さんが来なかったの」と調理担当の上野昌子さん(48)。閉山前は池島に住む看護婦が勤めていたが、辞めて島を去った。「サービスは明日に延期よ。これからこんなことが増えるかも」。同僚の原口シズエさん(48)は上野さんと顔を見合わせた。


紙細工を楽しむ芦北さん(左)。週1度のデイサービスは「何よりの楽しみ」=西彼外海町池島、町立老人憩の家
 翌日午前九時すぎ、九人のお年寄りが待ちかねたように姿を見せた。閉山前は二十人ほど来ていたが、昨年末を境に転居などが相次ぎ、半分に減ってしまった。

 男性は芦北岩市さん(77)が一人。少し肩身が狭そうに離れてソファに座る。「前はもう一人男性がいましたが」と、大島と池島の両炭鉱で働いたヤマの男もさすがに寂しそうだ。

 昼食を待つ間、看護助手の舞島和子さん(40)がカラオケセットのスイッチを入れた。だが、誰も歌おうとしない。「炭鉱が閉山してから、何となく皆さん元気がないんです」

 昼食が始まった。「うちのアパートはもう何軒も出て行ったよ」「近ごろの若い人は、あんまりあいさつせんとねえ。知らんうちにおらんごとなった」。そんなお年寄りたちの会話を聞き、相づちを打ちながら、上野さんたちもはしを動かす。

 上野さんも原口さんも、幼少のころから住んだ池島を今月中に去る。「あんたたちまで出ていくとね」とお年寄りたちは寂しそうに言うが、「通って来るよ。大丈夫」と笑って答える。二人とも「みんなのために、後任が決まるまで頑張る」と心に決めている。

 「炭鉱がしよった水も、電気も、病院も町がしてくれるとよ。心配はなかとよ」。目が少し不自由なおばあさん(68)が声を大きくした。「お父さんとここに家ば建てたけんね。近所付き合いがあって、散歩もしやすか。池島は住みよかよ。だけん、どこにも行かん」

 炭鉱と島の繁栄を見続けてきた人たちは今、変わりゆく島に言いようのない不安を抱く。お年寄りが家路に就いた午後三時すぎ、曇り空からしとしと雨が降りだした。
(2002年月3月27日掲載)


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