島に生きた男たち 42年の歴史刻んで
2001年12月1日掲載

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エレベーターに乗り、最後の採炭作業に向かう鉱員たち=池島炭鉱第二立て坑

 戦後近代化のエネルギー源となった石炭産業。九州で最後まで灯を守った池島炭鉱(西彼外海町)が二十九日、四十二年の歴史の幕を閉じた。炭鉱最盛期の一九五〇年代、本県は百十七ものヤマで活況を呈したが、時代の変化の波はそのすべてを覆い尽くした。炭鉱の島で生きた男たちを中心に写真に収め、歴史を振り返った。


ひととき

入坑前、仲間との会話で笑顔を見せる鉱員=池島炭鉱繰り込み場


機械で掘進

池島炭鉱の掘進風景。石炭層を掘り進むときはロードヘッダと呼ばれる大型掘削機を使用した=1997年9月


ヤマの灯

池島港の夜景。24時間操業する炭鉱の施設には文字通りヤマの灯がともり続けた


開発当初

1952年の炭鉱開発当初の池島。西彼杵半島の沖約7キロに浮かぶ人口約350人の半農半漁の島だった


活気あるころ

島内で開かれた住民運動会。1970年の人口は7700人に達し、島は活気にあふれていた


その日の朝

閉山になってもいつもと変わらない朝を迎え元気に登校する子どもたち


お疲れさま

「お疲れさま」。昇坑した鉱員を迎える組合主婦会の女性たち=池島炭鉱第二立て坑



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