背水の陣で臨んだ労組
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 九州最後の炭鉱、池島炭鉱(西彼外海町)の閉山が決まった。炭鉱を経営する松島炭鉱(福岡市)と松島炭鉱労組の労使交渉が十五日妥結し、労組は閉山を受け入れた。交渉はまとまったが池島が抱える課題は山積している。交渉妥結までの道のりを振り返りながら今後の課題を探る。

会社側は「満額」念頭?

 「複雑な思いもあるが、一つのヤマを越えたという安ど感でいっぱいだ」。十五日、労使交渉妥結後に記者会見した松島炭鉱労組の井手口二郎組合長代行は語った。九日に始まった労使交渉は、五回目で会社側が満額回答を示し決着した。

 交渉は、最初から閉山を前提とした条件闘争だった。本年度で国の石炭政策が終わることや、坑内での出水など、操業継続が難しいのは組合側も分かっていた。

 交渉の焦点は賃金面。特に、「存続のため」として25%削減されてきた賃金を今年四月にさかのぼり復元させる要求については、退職金などを算定する際の基準となるため、労組側は「絶対に譲れない」(労組幹部)と、背水の陣で臨んだ。

 会社側は当初、今年八―十月分だけを復元するなど、組合要求を下回る案を出した。組合側は断固として満額回答を主張、要求通りの復元が実現した。

労使交渉妥結後、記者会見する井手口組合長代行(中央)ら労組側=福岡市中央区、松島炭鉱本社
 しかし、会社側は交渉開始当初から満額回答を念頭においていた節がある。交渉開始前日の八日、松島炭鉱と親会社の三井松島産業(福岡市)はそれぞれ役員会を開き、組合要求に沿って回答した場合の負担額などについて、事務方から説明を受けている。そして、十四日、松島炭鉱の田代勉社長が満を持したように交渉に出席し、組合要求通りの回答をした。

 交渉難航から一転、妥結したため、記者会見では「会社は(経営的に)余裕があったのではないか」との質問が出たほど。田代勉社長は「厳しい経営判断だった」と強調した。一方、労組側の会見でも「出来レースではなかったのか」と聞かれ、井手口組合長代行が「冗談じゃない」と声を荒らげる一幕もあった。

 労組側は、何としても満額回答を勝ち取らなければならない事情があった。執行部案に対して、十月二十八日の臨時代議員大会では組合員から賃金削減が始まった一九九九年度からの復元を求める声が続出。執行部は二年間の削減分については特別慰労金として口頭で要求し、執行部案については「百パーセント勝ち取る」として同意を得ていたからだ。

 特別慰労金は結局、平均三十五万円で決着した。二年間の削減額の四%に当たる。労組幹部は「組合員からは不満が出ると思う」としながらも「精いっぱいやった」と話した。

 最終的に交渉は労使双方がほぼ納得する形で決着した。これにより池島炭鉱の閉山が事実上、確定した。「心は晴れない。むなしい気持ちだ」。会見した労組幹部四人の顔からは終始、笑顔は見られなかった。
(11月16日掲載)


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