島に残る商店
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買い物客いる間は… プロパンもやめられない

 池島唯一の玄関口、池島港のそばにあるショッピングセンター。その一角で木戸幸蔵さん(52)は、兄の幸博さん(55)と日用雑貨の販売やプロパンガスを取り扱う商店を営んでいる。
閉山後も池島で商店を続けるという木戸幸蔵さん=西彼外海町池島

 「島に残るんですか」「いつまでさすとですか」。松島炭鉱(福岡市)が池島炭鉱閉山の方針を明らかにして、お客さんから度々聞かれるようになった。そのとき幸蔵さんは決まってこう答える。「心配せんで。最後まで残るけん」

 幸蔵さんが池島に来たのは一九六一年、中学一年のころ。池島炭鉱で営業出炭が始まってまだ三年目。南高口之津町で駄菓子屋をしていた両親が「池島は景気がいい」という話を聞き、家族で渡って来た。

 母親の睦枝さん(78)は炭鉱が始まる前からある集落、郷地区で小さな商店を開いている。こちらの方が本店。「閉山になればさみしかですよ。船の回数も少のうなるでしょう」と睦枝さん。それでも、島に残り店を続けるつもりだ。「ここら辺で食料品を売りよっとはうちだけ。夕方はけっこう買いに来る人がおる。店に来る人がおる間は、つぶされんでしょう」と言う。

 島内には松島炭鉱の親会社、三井松島産業(福岡市)が経営する店舗など数軒の商店がある。しかし、閉山を機に店を閉めるところもあり、島民の不安は募る。それを払しょくさせるかのように幸蔵さんは言う。「島を出て行かない人、出て行けない年配の人もいる。それに電気や水道は町がどうにかしても、プロパンは自分たちがやるしかない。煮炊きしないと生活はできない。明日からやめますというわけにはいかない」

 最近、衣装ケースの注文が増えている。「引っ越し用に使うんでしょうね。例年なら売れる時期じゃないんですよ」。幸蔵さんは複雑な表情で黙々と車にケースを積み込む。「三池(三井三池炭鉱)と違って陸続きじゃない。今年中に出て行くという人もいれば、三月に出る人もいる。一年後、何人島に残っているのか。四、五百人くらいかなー」。静かにつぶやいた。

(11月1日掲載)


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