閉山で崩れる幸福
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 九州最後の炭鉱、池島炭鉱(西彼外海町)。西彼杵半島の沖合に浮かぶ周囲四キロの小さな島。十一月末閉山を前に、ここで働き、生きてきた人たちは今、何を思い、考えているのか。

池島に骨うずめたい 「私の故郷」今も変わらず

 「私も美しい海を見ながら眠りたい」―。五島灘を見晴らす墓地で、先祖代々の墓参りを済ませた山村千松さん(72)は寂しそうに笑った。

 池島は山村さんのすべてだ。島で生まれ育ち、炭鉱に二十三年間勤め、三人の子どもを育て上げ、退職後には家を建てた。長男(50)と二男(42)は炭鉱で働き、長女(48)は炭鉱マンと結婚した。六人の孫にも恵まれた。「家族全部が島にいるのは珍しいだろうね」と幸せを実感していた。

先祖代々の墓に手を合わせる山村千松さん=西彼外海町池島
 「閉山」が現実のものとなり、幸せは途端に脅かされ始めた。子どもたちは職を失い、家族は離散するだろう。炭鉱が運営する水道、電気、病院がなくなれば、やっと建てた家にも住めなくなる。

 「炭鉱はいつかなくなると覚悟はしていた。だが、私が生きている間は大丈夫と思っていた」。いざ「その時」がやってくるとなると、ただ途方に暮れる。

 池島の長老格で、人望が厚い山村さんは郷長を務めている。閉山後の住民の最大の不安は飲料水の確保だ。子どものころ、肩にバケツを担いで通った水くみ場を思い出し足を運んでみた。ふたを開けると、石で固めた穴の中は今も満々と水をたたえていた。

 しかし、水くみ場の上には、かつて炭鉱がボタを捨てた土手が迫っていた。「水にどんな影響があるか分からない。島に飲める水はもうないだろう」とあきらめ、そっとふたを閉めた。

 「島を出たくても、どこにも行けない年寄りが大勢いる。炭鉱がなくても、島に住めるようにしてほしい」。山村さんはそう訴える。炭鉱も町も社会基盤の問題について、今のところ明確な方針を示さないままだ。

 島に家を建てたとき、多くの同僚が不思議そうに「なぜ不便な池島に…」と尋ねた。山村さんは「ここは私の故郷。池島が大好きなんだ」と胸を張って答えた。その気持ちは今でも変わらない。だからこそ、ここに骨をうずめたい。

 墓を移した後にぽっかり空いた場所。倒れた墓石。「ここも随分寂しくなった」。山村さんは墓地を見渡してつぶやいた。人生最後のささやかな望みはかなうのか。それさえ今の山村さんには分からない。
(10月31日掲載)


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