
|
<5>
|
住民の暮らしと足を直撃
「閉山になれば水も、病院もなくなる。船も通わなくなるだろう。もう住めないよ」。池島で三十年以上暮らしている元炭鉱マン(65)があきらめ顔で話す。
一九五二年に炭鉱開発が始まるまで、池島は約三百人が住む半農半漁の島だった。水は本土から船が運んできた。しかし炭鉱がアパートを建て、水と電気を供給し、病院をつくり、島の生活は一変した。町幹部は「炭鉱が閉山すれば、池島は昔に戻るかもしれない」と危ぐする。
閉山提案の翌日、新聞を広げた郷地区東区長、山村千松さん(72)は驚いた。「池島鉱業所病院は閉山と同時に閉鎖」と書いてあった。
山村さんは二週間に一度、病院で持病の薬をもらう。島から病院がなくなれば本土への通院を迫られる。「佐世保まで行けば船賃だけで往復三千二百円かかる。年寄りはたちどころに困る」。山村さんは住民の声をまとめ、町や炭鉱と話し合うつもりだ。
| |
かつてにぎわった郷地区。今は人通りも少ない=西彼外海町池島
|
鉄筋の炭鉱アパートが立ち並ぶ池島で唯一、古い木造の家々が並ぶ郷地区。一九七〇年代の炭鉱全盛期、商店や飲食店が所狭しと営業、狭い道は炭鉱マンと家族でごった返した。今、大半の店がシャッターを閉め、猫が道の真ん中を退屈そうに歩く。
郷地区で約四十年間、理髪店を営む前川一郎さん(61)は「二年前の給与25%カットで、パーマをやめたり、散髪回数を減らす炭鉱マンが増えた」と寂しげだ。
最近は客と交わす会話も「引っ越しの準備で荷物をまとめている」など寂しい内容ばかり。「炭鉱が研修施設になって百人程度残っても、商売にはならないだろう」。前川さんは愛着のある店を閉めることも考えている。
外海町商工会(井手国雄会長)によると、池島には約七十の事業所がある。昨年、経営実態調査の結果を見た経営指導員の田浦秀稲さん(48)は驚いた。大半の商店主の年間所得が百五十万円前後に落ち込んでいた。
「鉱員の給与カット以来、消費の落ち込みが激しい。閉山となれば廃業が続出する」。同商工会は閉山が決まれば、池島に相談窓口を設け対策に乗り出す方針だが、田浦さんの表情はさえない。
閉山は住民の足にも影響を及ぼす。池島と対岸の大瀬戸町、外海町神浦間などにフェリー二隻、高速船一隻を運航している西海沿岸商船(本社佐世保市)は、九五年から赤字を県の補助で補てん、九九年は約六千六百七十万円に上った。同社は「住民の意見も聞くが、フェリーか高速船のどちらかを一隻だけ残すことになるだろう」と大幅な減便に踏み切る見通しだ。
炭鉱とともに栄えてきた池島。「炭鉱のなくなれば仕方なか。島ば出るけん、お父さんに報告に行かんば」。島に住んで七十年になるおばあさんは立ち上がり、背中を丸めて墓参りへ向かった。
(10月19日掲載)
|
|

|
|